静岡県の伊豆半島に伝わる「伊豆七不思議」。神池と呼ばれる謎の多い池、黄金の三仏が現れるという弥陀窟、たちまち病気が治ったという独鈷の湯など、七つの伝承をご存知ですか?今回は、七不思議とその由来をまとめてご紹介します!

この記事の目次

1.石廊権現の帆柱(賀茂郡南伊豆町)

古くから信仰される海上安全の守護神


最初のお話は江戸時代より伝わる「石廊権現の帆柱」です。

伝説の舞台は、現在も残る石室神社。埼灯台よりさらに先、岬の断崖にある石室神社は、1,300年ほど前の創立で石廊権現(いろうごんげん)とも言われ、海上安全、交通安全、大漁開運の守護神として古くから親しまれています。

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「石廊権現の帆柱」の伝説


「昔、江戸へ向かう播州の千石船(木造の巨大帆船)が石廊崎の沖で嵐に襲われた。そこで船員たちは船の命ともいえる帆柱を石廊権現に奉納すると誓い、助けてもらえるよう祈ったところ、無事に江戸に到着することができた。その帰り、帆柱奉納のことをすっかり忘れていると、何故か石廊崎の沖で船が進まなくなり、天候が急変して暴風雨となった。往路に誓いを立てたことを思い出した船主が千石船の帆柱を斧で切り倒すと、帆柱はひとりでに波に乗り、断崖絶壁(およそ30メートル)を石廊権現の社殿あたりまで、まるで供えたかのように打ち上げられ、同時に暴風雨も鎮まり、船は無事に播州へ戻ることができた。」


民話によっては龍が帆柱をくわえて神前に供えたとするものなど諸説あります。また、社殿の床には一部ガラス部分があり、この千石船の帆柱を直接確認できるようになっています。

2.手石の阿弥陀三尊(賀茂郡南伊豆町)

洞窟に現れた仏様の伝説


手石の弥陀窟は、南伊豆町手石の弥陀山にある洞窟で、「手石の弥陀ノ岩屋(ていしのみだのいわや)」の名称で国の天然記念物に指定されています。満潮時にはほぼ海中に沈みますが、干潮時には洞窟内の岸壁に金色の仏様が現れるといわれており、古くから信仰の対象となってきました。

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手石の阿弥陀三尊の伝説


「昔、手石の近くに七兵衛という漁師がいた。妻を亡くし、3人の子供を抱えて貧しい暮らしを送っていたが、末子の三平が重い病気にかかった。近くの寺で朝夕お祈りをしていると、ある日七兵衛の夢枕に観音様が現れ「洞窟の海底にある鮑を取って食べさせよ」と告げた。七兵衛が小船で洞窟に漕ぎ入ると、奥から金色の光と共に三体の仏様が現れた。目も眩んだ七兵衛が思わず船底にひれ伏し、おそるおそる目を上げると、船の中にはたくさんの鮑が投げ込まれていたという。これを食べさせた三平の病気はやがて回復し、その霊験は広く日本全国に知れ渡った。」

3.河津の鳥精進・酒精進(賀茂郡河津町)

小鳥たちが活躍した伝承


河津の鳥精進・酒精進は、静岡県賀茂郡河津町にある河津来宮神社の主祭神・杉桙別命(すぎわけのみこと)の氏子の間に伝わる風習です。

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河津の鳥精進・酒精進の伝説


「昔、川津の郷に杉桙別命(すぎほこわけのみこと)という武勇に優れた男神がいた。ある日のこと、杉桙別命が酒に酔い野原で寝ていたところ、野火が起こりあっという間に周りを囲まれてしまった。そこに何千、何万という無数の小鳥がやってきて河津川へ飛び込み、川から水を運び命(みこと)を守った。この出来事以来、命は村の平和のために尽力し、酒を慎み村人にも一層慕われる事となった。このことに感謝し、毎年12月18日から23日まで禁酒、鳥肉、卵を食べない鳥精進・酒精進が行われるようになった。町内の氏子はもとより、町外の氏子や多数の崇敬者によって守り伝えられ、これを破ると火の災いがあるといわれている。」

4.大瀬明神の神池(沼津市大瀬)

海から数十メートルなのに真水の謎


大瀬崎は駿河湾に約1キロメートル突き出した半島で、全国でも有数のスキューバダイビングスポットです。さらに、海越しに富士山をのぞむ美しい景観が有名で、国内外から観光客が訪れます。

伊豆七不思議の1つ「神池」は、直径がおよそ100メートルほどの池で大瀬崎の先端に位置しています。


海から近いところでは距離が15メートルほど、標高も約1メートルから2メートルほどにも関わらず、コイやフナ、ナマズなどの淡水魚が生息している不思議な池です。

富士山の山麓からから地下水が湧き出ているなどの説がある一方、海水面の上下に従って水面の高さが変わるとも言われており、なぜ淡水池であるかは明らかにされていません。

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5.函南のこだま石(田方郡函南町)

母の声が聞こえた石


函南のこだま石は、静岡県の函南町平井の山中にある大きな岩と母を亡くした子にまつわる、少し悲しい伝説です。

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函南のこだま石


「昔、平井の村に、おらくという母親と与一という息子が二人で暮らしていた。夫は戦に駆り出され行方知れずで大変貧しい暮らしであった。あるとき村のお寺の和尚の勧めで、峠を越えた熱海の湯治場へ商いに出かけるようになった。峠道の途中に休むのに格好の大きな岩があり、二人はよく一休みしては語らうのだった。 母子の暮らしがようやく楽になりかけた頃、おらくは病を得て帰らぬ人となってしまった。与一は悲しみのあまり、母と共に語らった大岩に向かい、声をかぎりに母を呼び続けたところ、岩の底から「与一よー、与一よー」と懐かしい母の声がこだましてきたという。来る日も来る日も懐かしい母の声を聞きに行く与一に村人は心を打たれ、この岩を「こだま石」と呼ぶようになったという。」

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終戦後くらいまで、実際に人の声が反響したというこだま石。入り口は鬱蒼としています。

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現在は周囲に別荘が建ち、容易には近づけなくなりました。開発に伴い、今は声がこだましなくなってしまったそうです。

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6.独鈷の湯(伊豆市修善寺)

伊豆最古の温泉と言われる独鈷の湯(とっこのゆ)


今から約1200年前の807年、空海(弘法大使)がこの地を訪れた際に、冷たい桂川の水で病気の父の背中を流している息子の孝行姿を見るにつけ気の毒に思い、密教法具のひとつである金銅製の「独鈷杵」(とっこしょ)を用い、川の岩を砕いて、温泉を湧出させたという言い伝えが残されています。その湯に浸かったところ父親の病気はたちまち癒え、温泉療法が広まるきっかけとなったといいます。

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現在も自然石を組んだ浴場は修善寺温泉のシンボルとして、多くの観光客が訪れています。残念ながら現在、独鈷の湯は手足を浸したり、入浴は不可となっていますが、周辺には足湯や歴史ある公衆浴場などが多数あるので、修善寺温泉を存分に満喫できそうですね。

7.堂ヶ島のゆるぎ橋(賀茂郡西伊豆町)

心悪しき者は渡れない橋


最後の七不思議は静岡県賀茂郡西伊豆町の堂ヶ島に伝わる伝説です。

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堂ヶ島のゆるぎ橋


「天平年間、伊豆国(いずのくに)田方郡(たがたのこおり)の堂ヶ島に海賊の一団があった。 海賊の頭の名は墨丸、多くの仲間を従え沖を行く船を襲い、海沿いの村々も略奪を受けていた。ある時、墨丸率いる海賊たちが都への貢ぎ物として用意しておいた砂金を目当てに押し入って来た。 村人も必死に応戦したものの、最後には砂金を奪い取られてしまった。 さて、海賊たちが村の薬師堂の前の橋に差し掛かったところ、橋はまるで地震の様に揺れ、海賊たちは一向に反対岸に渡れず、手下達も次々と揺れる橋の下へと落ちていく。 最後に墨丸が大事そうに砂金の袋を抱えて渡ろうとしたところ、仁王さまが現れて、墨丸をつまみ上げ薬師如来さまの前に差し出したのである。 薬師如来さまにより人の道を説かれた墨丸は、それまでの悪行を悔い以後この薬師堂の守護として尽くしたという。このあと薬師堂の前の橋は、心の汚れた者が渡るとゆれる「ゆるぎ橋」と呼ばれるようになったという。 」

現在そのゆるぎ橋は残っておらず、国道136号線沿いの「西伊豆町観光協会 堂ヶ島観光案内所」から徒歩1分程のところに小さな石碑が建てられています。

いかがでしたか?

今回は静岡県の伊豆半島に伝わる伊豆七不思議をご紹介しました。沼津港や、堂ヶ島の景観、修善寺温泉街のそぞろ歩きなど、観光にこと欠かない伊豆。歴史や伝承も興味深く、ますます行ってみたくなります。伊豆に遊びに行った際には、伊豆の七不思議にもよりみちして、一味違った観光を楽しみたいですね。


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