国技「相撲」の聖地である両国駅から徒歩15分ほど、住宅街の中にある「九重部屋」に伺ったのは、去年の年末のこと。

「そういえば来てくれるのは今日だったね」と言いながら、稽古中に温かく迎えてくれたのは、九重部屋の親方である元大関「千代大海」九重龍二さん。

1992年11月場所で初土俵を迎え、生涯戦歴は771勝528敗115休。幕内最高優勝を3回するという結果を残し、2010年1月場所を最後に引退した。
基本的には九重部屋後援会メンバーしか受け付けていない朝稽古の見学だが、今回特別にのぞかせていただくことに。

相撲自体、生で見学するのは初めてだったのだが、目の前で繰り広げられる激しいぶつかり合い、まげが取れてもひたむきに相手へと立ち向かう姿など、見れば見るほど魅了された。

聞けば、ここにいる九重部屋の弟子たちは、ほとんどが10代〜20代前半の若者なんだそう。中学を卒業してすぐに、相撲部屋の門を叩く弟子もいるとか。
そんな弟子たちがぶつかり合う稽古も終盤に差し掛かったところで、九重親方に相撲部屋の環境や指導にかける想いについて伺った。

この記事の目次

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人生を掛ける彼らに「最高の環境」を


――今日は朝稽古に招待していただいて、ありがとうございます!実際に見てみて、弟子の方々が相撲に打ち込む姿勢に、ただただ感激しました。


弟子たちはみんな一生懸命、稽古に励んでいます。10代、20代の若者が厳しい稽古に耐えながら、ひたむきに前を向き続けているんです。体から湯気を出しながらぶつかり合って。


――その熱気、十分に伝わってきました。


現在、九重部屋後援会の方々の見学を中心に受け付けているんですが、実際に見学しに来られる方には、若者が厳しい稽古に立ち向かう姿を見て、何か感じ取っていただきたいと思います。


――10代の頃の自分と照らし合わせながら、尊敬の念を抱いてました。年下や同年代の方がこんなにも全力で打ち込んでいるんだから、わたしも頑張らないとなあ、と。


人生で上手くいかないことや落ち込むことがあっても、「若者がこんなにも頑張っているのだから」と希望や明日への活力を持ち帰っていただければうれしいです。


――弟子はどのように集めているんですか?


九重部屋のホームページから連絡してきてくれる子がいます。あとは、全国の関係者に「いい子がいたらスカウトしてくれ」とお願いをして、スカウトもしているんです。


――スカウトもされているんですね!勝率は……?


なかなか相撲の道に来てくれる子は少ないです。本人がやる気でも、親御さんが反対したり。


――確かに親からすると、10代の子どもが自分の元を離れて相撲の世界に行くのは不安かもしれないです。


だからこそ、人生を掛ける大きな決断をして九重部屋に入門してくれる弟子たちには、全力で相撲に打ち込んでもらえるように、最高の環境を用意しています。


――最高の環境とは何ですか?


基本的に関取にならないと給料は出せませんが、衣食住は不自由させません。例えば、食事は野菜たっぷりのちゃんこ鍋とたくさんのおかずを用意したり。力士にとってのちゃんこ鍋は、一般の方でいうみそ汁のようなものです(笑)。


(※関取…十両以上の力士のこと。十両→幕内→三役→大関→横綱と昇進する)


――みっみそ汁ですか!ちゃんこ鍋は毎食なくてはならないものなんですね。


あと、食事は1日2食ですが、おなかが空いたときのためにいつでも白米を炊いていて、おかずも冷蔵庫に完備しています。応援してくれる方がくださる差し入れに、だいぶ助けられています。


――こうして九重部屋の力士たちの体は作られているんですね。


ほかには、生活に関する規則はあえて緩くしています。朝稽古が終わったらその日はもう自由行動です。遊びに行ってもよし、ジムでトレーニングをしてもよし。食事も必ず九重部屋で食べる必要はありませんし、門限もないんです。


――想像していた力士さんの暮らしよりもだいぶ自由ですね……!規則を緩くしている理由はありますか?


プロのスポーツマンとしての自覚を持ってほしいんです。何時に帰ってきて何時に寝ようが干渉しません。翌朝の稽古に万全のコンディションで臨めるよう、自分でコントロールしてほしくて。もちろん、翌朝の稽古で眠そうにしていたら叱りますけどね。 

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――弟子たちとはどのようなスタンスで接しているんですか?


なるべくコミュニケーションを取るように心がけています。稽古中もただ厳しくするのではなく、土俵に降りて教えたり。


――先ほど、親方自ら土俵に降りて、筋トレの仕方を教えられていましたもんね。


あとは、ただ厳しく指導するだけではなくて、なぜ厳しく指導したかを分からせるようにしています。使う言葉は汚いんですが、彼らが少しでも成長してくれるように。


――親方ならではの愛情なんですね。


コミュニケーションを取るべく、LINEもしますよ。喜んでくれるので、わたしもうれしいですね。「今、一生懸命に返事の内容を考えてくれているんだな〜」とか思ったり。


――ただ厳しいだけではない、ステキな師弟の関係ですね。


九重部屋といえば「怖い」「近寄りにくい」というイメージだったのですが、今はだいぶ部屋の雰囲気が変わってきています。昔よりもやわらかく親しみやすくなったというか。


――具体的にはどのように変わったんですか?


昔は、稽古中は私語厳禁、分からないことは見て覚えろという感じでした。しかし、今は分からないことがあったら、稽古中に質問してくれるのでその場で教えています。


――稽古中の交流が増えたんですね。


あとは、関取がわたしと後輩力士の中間管理職のような立場をやってくれていることも、雰囲気がやわらかくなった大きな理由です。後輩に厳しく指導してくれたり、稽古が終わったら外に連れ出してくれたり。


稽古中は、真剣な顔をして取り組んでいますが、稽古が終わったらみなニコニコしています。


――先輩後輩の仲も良い雰囲気なんですね。


私は、考えが古い部分もあるので、後輩をしっかりとサポートしてくれる関取の力を借りながら、新しい風を吹かせていければと思っています。もちろん、今までのしっかりと教育していく面を残しつつ、ですが。


「プレッシャーで寝られなかった」親方としての責任

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――2016年7月に先代の九重親方(元横綱・千代の富士)がお亡くなりになられて、親方を引き継いだときは、どのような心境でしたか?


引き継ぎが思ったよりも早く、心の準備ができていなかったので、受け継いだときは正直不安で内心ボロボロでした。


それまでは九重部屋の弟子たちに相撲を教えるコーチのような立場だったのに、いきなり右も左もわからない経営者になったので。


――がんで闘病されていたとはいえ、61歳という若さでしたもんね。


まだ数年猶予があると思っていました。


月々の電気代や食事代さえも知らないような責任がない立場から、全ての責任が一気にのしかかってきて。実はプレッシャーで寝られない日が続いたんです。


――大きな重圧がかかっていたんですね。


しかし、私が不安だったら弟子たちも不安になってしまうと思って、余裕があるように見せていました。親方として弟子たちを肉体的にも精神的にもサポートするべく、強がっていたというか。


2016年8月2日に九重部屋を継承してから約1年半、必死にやってきました。


――今は親方として、どのような気持ちで指導していますか?


相撲は練習ではなく稽古です。練習は繰り返し習ってスキルを向上させること、稽古は師匠について道理や技術を学ぶこと。


九重部屋の稽古は、常に探究心を持つことをテーマにしています。わたしは、弟子の探究心のスイッチを切り替えてあげるんです。


――「探究心のスイッチを切り替える」ですか……?


稽古で辛そうにしていたら「なんのために稽古をやってるの?辛くなるんじゃなくて、強くなるためでしょ?」って。


そして「大切な人の顔を思い浮かべてごらん。その数だけぶつかり稽古してごらん」というと、「なんのために頑張るのか」という探究心が芽生えるんです。こうして、本来稽古をする目的を再認識してもらいます。 

「夢に向かって走る若者をサポートしたい」という想い


――今後、親方としての目標を教えてください。


やはり、弟子たちを関取まで引き上げること、そして番付を上げていくことですね。それが、夢を抱えて入門してきた若者を預かるわたしの役目ですから。


(※番付…力士の階級表)


――みなさん、人生を捧げて入門されますもんね。


しかし、全員関取になると、今度は相撲部屋の経営が悪化してしまいます。収入源となる幕下以下の力士の「養成員養成費」という補助金がもらえなくなってしまうので。


だからこそ、新しい弟子を常に育てていかなければいけない。そして、夢を持った若者を新たに育て上げていく。


この流れを実現するためには、相撲業界を支えてくださるみなさんの協力が必要なんです。後援会のみなさんは差し入れなどをくださったりするので、とても助かっています。


――相撲業界において、物資や資金を支援する人の存在が必要不可欠なんですね。


はい、わたしと一緒に夢に向かって頑張る若者をサポートしてほしいんです。


だから、正直にいうと見学には手ぶらで来てほしくない。ひたむきに稽古に打ち込む若者に、夢と希望を抱きながら、差し入れを持ってきてほしいです。それが、人生を捧げる若者へのサポートにつながるから。 


インタビューを終えて

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「サッカーやバスケットボールプレイヤーと違って、相撲は入門したらもうプロのスポーツ選手」と九重親方は言っていた。入門したら、文武両道とはいかない。親元を離れて相撲部屋で先輩力士たちと一緒に生活し、若いパワーを全て相撲へと捧げる。そう、彼らはこれからどのような道にも羽ばたける未来を、全て相撲に掛けたのだ。


弟子たちが集まる相撲部屋を支えているのは、ファンクラブのような後援会や、スポンサーのようなタニマチの力が大きい。しかし、相撲業界を支えてくれる人たちは、年々減少しているようだ。


そんな現実はおかまいなしに、夢を持った若者たちが、来年も相撲部屋の門を叩きにやってくる。このままでは、人生を捧げる覚悟を決めた若者たちを支えていく環境が万全だと言えない。これから若者たちが相撲界で活躍していくためには、九重親方の力はもちろん、タニマチの力も大きなポイントになるのだ。


九重親方は、「相撲は敷居が高いと思われがち。しかし、本当は身近で親しみやすい国技なんです。まずは来てほしい、来てみればわかります」と語ったのち、「一緒にひたむきに努力する若者たちを一緒に支えてほしい」と強く訴えかける。


今回の取材で強く実感したが、本当に一度見てみなければわからない。こんなにひたむきに身を捧げている若者が確かにここに存在する、という感動は。 そして、裸で立ち向かう姿に心動かされ、相撲業界と若者たちをサポートする人が少しでも多く現れてほしい、と願う。