JR三鷹駅は、南口が三鷹市、北口が武蔵野市と分かれており、都会と郊外の魅力を合わせ持った魅力的な街です。そんな南口には、太宰治が眠る墓やゆかりの地があります。今回は、太宰治が“生きたまち三鷹”のストーリージェニックなお散歩コースをご紹介いたします。

この記事の目次

【三鷹の散歩コースを調べるなら「みたか観光案内所」】

三鷹駅南口からすぐの場所に、「みたか観光案内所」があります。

案内所の前には、三鷹や武蔵野市で行われるイベントのチラシや周辺を紹介するリーフレットなどが置いてあります。

三鷹のことで聞きたいことがあれば、案内所にいる人に聞くことができます。

また、三鷹にちなんだオリジナルのお菓子やグッズなどのお土産も販売しています。

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【陸橋(三鷹誇線人道橋)】

JR三鷹駅から線路沿いを武蔵境方面に歩くと、陸橋が見えてきます。

作家太宰治は、昭和14年に三鷹市下連雀に転居し、昭和23年6月に自死するまでの9年間に「斜陽」「走れメロス」「人間失格」などの作品を発表しました。

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この陸橋の近くに仕事場を構えていた太宰は、「いいところがある」といって編集者や弟子を連れてきた場所と言われています。

太宰が生前写真家の田村茂に撮影してもらったマント姿の写真も、ここで撮影されました。

太宰が三鷹で暮らしていた頃のまま現存する唯一の場所であり、時空を超えて太宰を感じられるスポットと言えるでしょう。


陸橋からは、美しい夕日やズラリと並んだ電車を眺められ、子供から大人までたくさんの電車好きが集まります。

小さな子供が電車に手を振ると、警笛を鳴らしてくれることも!?

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【太宰の故郷金木町産の玉鹿石が置かれている「玉川上水」】

玉川上水沿いには、青森県金木町産の「玉鹿石」が置かれています。

なぜ、玉川上水に青森の石が置かれているのかというと、この付近で太宰と山崎富栄さんが入水したと言われているそうです。


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太宰は生前、散歩途中に滝のような流れだったこの場所を好み、陸橋と同様編集者や作家仲間を連れてきたと言います。

現在の玉川上水は水位も低く穏やかな流れではありますが、ふと滝のような音のするポイントがあります。

滝の音は小さく、一瞬ではありますが今でも感じられますので、実際に散歩をして感じて頂ければと思います。

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太宰の故郷“金木町”は、現在「五所川原市」となっています。


昭和23年6月13日の深夜に、太宰は遺品を片付け、遺書を置き、山崎富栄さんと共に玉川上水に入水しました。



「美知様 誰よりもお前を愛していました」


「長居するだけみんなを苦しめこちらも苦しい、堪忍して下されたく」


「皆、子供はあまり出来ないようですけど陽気に育てて下さい。あなたを嫌いになったから死ぬのでは無いのです。小説を書くのがいやになったからです。みんな、いやしい欲張りばかり。井伏さんは悪人です。」


これは、太宰が最後に妻へ宛てた遺書と言われています。


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また、観光案内所のすぐ横の道沿いにはこちらの看板が設置されています。

太宰はこの場所にあった「小料理屋 千草」で、作家仲間や編集者との打ち合わせをしていました。


このお店の2階を仕事部屋にしたこともあり、太宰が行方不明になった時も、この場所が捜査本部となり、遺体発見後は検死の場所となりました。

近くには、富栄さんの下宿先であった場所の「野川家跡」(現・永塚葬祭社)があり、太宰が最後に仕事をした場所と言われています。

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三鷹市の「太宰治文学サロン」は、“太宰が生きたまち三鷹”の拠点となっています。

「資料の展示」の場、「情報交流と発信」となっています。

「人間失格」や「走れメロス」などと刻印された鉛筆など、太宰ファンのツボをつくようなグッズも販売しています。

【禅林寺】

禅林寺は、元禄13年創建の禅寺です。

太宰は自死後、ここに埋葬されました。


太宰の作品「花吹雪」に「この寺には森鴎外の墓がある、(中略)墓地は清潔で鴎外の文章の片影がある。私の汚い骨もこんな小奇麗な墓地の片隅に埋められたら、死後の救いがあるかもしれない・・・」と書かれていることから、太宰はここに眠ることになったと言われています。

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お墓の入口が若干わかりづらいのですが、真っ直ぐ進み突き当りの左にあるスロープを下ります。

看板にお墓の位置が記されているので、チェックしてから進むことをおススメします。

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太宰のお墓の隣には、妻のお墓も並んでいます。

そして、斜め前には「森鴎外」のお墓が。

「花吹雪」に書かれていることが理由なのかと思ったのですが、ボランティアの方曰く、斜め前になったのはほんの偶然だったのだとか。

最後に希望を叶えることができ、太宰の魂もきっと浮かばれていることでしょう。

いかがでしたか?

今回は2時間弱で回れるコースをご紹介しましたが、他にも三鷹には太宰治ゆかりの地がたくさんあります。

しかし残念なことに、そのほとんどが跡地となっており、「まぼろしを巡るコース」となってしまいます。

ただ、スポットを巡れば、太宰がなぜこの場所がお気に入りだったのかが看板の写真や文章からも知ることができるので、

太宰ファンはぜひ一度巡ってもらいたいコースです。